五人囃子(浅黄勘七氏蔵)

五人囃子(浅黄勘七氏蔵)

 江戸後期の明和年間に、江戸の玉山が能楽の囃子方をモデルに五人囃子を制作、世に送り出したと言われています。寛政年間には、京都で5人又は7~9人の雅楽の囃子が作られました。本品は大正か昭和の始めごろの作品と思われます。高さ25.5cm。