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![]() ←今月の雛トップへ戻る ←バックナンバー・2007.12〜2008.11 ←バックナンバー・2007.11まで 資料提供:田宮印刷(株) 写真撮影:阿部写真館 *無断複製転用禁止 *雛の写真をクリックすると拡大写真が別ウィンド表示されます。
珊瑚雛
(槇孝弘家蔵)
本品は、高知県珊瑚協同組合理事、日本珊瑚共同組合員で、日本における珊瑚工芸の第一人者として後進の育成に、また珊瑚工芸の発展に努力されている前川泰山師の作品「珊瑚雛」です。 男雛は8cmと小振りで、一般に言う「芥子[けし]雛」に属する優雅で格調の高い工芸品です。 古今雛
(竹谷義一家蔵)
およそ240年前、江戸の池之端の大槌屋が考案した古今雛が爆発的な人気を博しました。古今雛の需要が増え、さまざまな雛が誕生していきます。女雛の容姿は古風な生活様式の創作から、右膝を立てた珍しい内裏雛が生まれます。本品はその特色を表した古今雛で、天冠も初期様式がうかがえ、瓔珞[ようらく]も美しい。男雛は31cmで江戸製のものです。 五人囃子
(富樫光義家蔵)
江戸後期の作品で、小袖は縫い取りの裂地[きれじ]を用い、錦地の素袍[すほう]を着用しています。囃子方の一部楽器が欠落しているのが残念ですが、これも時代の推移によるもの。高さは21〜27cmです。 親王雛
(升川修家蔵)
この雛は古今雛に類するものですが、男雛は、雲立涌[くもたちわく]に竜丸文の衣冠、袴は紫白八藤文の有職雛ですが、女雛は典型的な古今雛です。従って、有職雛と古今雛の組み合わせということから「親王雛」の呼称がふさわしいようです。江戸後期の作。男雛は36cmで京都製です。 有職雛
(河北町紅花資料館蔵)
9世紀に和風文化が定着し、代表的な「源氏物語」や「枕草子」の作品の中に「ひひな」遊びが描かれています。それが発達し「着換人形」が生まれ、公家社会で「雛遊び」がおこなわれました。江戸中期になると、京都では公家の着用する衣装は「有職故実[ゆうそくこじつ]」に規定されていました。その有職を基調につくられたのが有職雛です。本品は、その一つ「小直衣[このうし]」を模したものです。男雛は30cm。 五人囃子
(細谷家蔵)
明和(1764〜)のはじめに古今雛が生まれ、その後、人形師玉山の考案によって五人囃子が制作されました。能楽の囃子方に主題をおき、本品のようにあどけない童顔に頭を表現し、裃または素袍[すほう]を着装。小袖は紅縮緬に縫を施したものです。当時の雛壇を一層華かに飾ったことでしょう。添え雛として初めて雛壇に登場したものが五人囃子でした。高さは20〜18cm。 随身
(富樫光義家蔵)
江戸後期になると、江戸では五人囃子(能楽)が作られ、京都では随身・衛士に桜・橘が考案され今日の飾り付けがなされたと言われています。 本品は京都製の「随身」で、時の近衛府の武官です。 高さは28cmと大振りで、装束は錦地武官での闕腋袍姿[けってきのほう]で立派なものです。 享保雛
(安部新蔵家蔵)
寛永、元禄期が過ぎ、享保(1716〜)ころに流行した雛が享保雛です。特色としては、独創的な装束、大型の雛(40cm内外から約1mまで)で、着地も金襴または錦地を用いています。 本品は35cmと小振りですが、男雛の両袖が臂[ひじ]を張り、女雛の袴が膨らみ、着地も享保期の品質と思われ、華麗な容姿をしています。 次郎左衛門雛(槇孝弘家蔵)
京都の人形師であった雛屋次郎左衛門は、幕府の御用達をつとめ、宝暦(1750〜)頃、江戸の日本橋に屋敷を賜り、御用人形師となって人気を独占していました。本品は、現代作家阿部肥師が、天明のころの川柳に「きめのいい団子に目鼻、次郎左衛門」と詠まれた典雅な容姿に引かれ、その個性を基調に気品に満ちた表情と特徴を表現して制作したものです。男雛は33cmの束帯姿、女雛は十二単を写した豪華な作品です。
立雛(小林家蔵)
紙雛に端を発し、凡そ320年前に熨斗[のし]形の工芸的な立雛が作られ、江戸後期の1800年代になると赤地縮緬に松竹梅等の縫い文様や押絵にしたものがみられるようになります。本品は、天保(1830〜)頃のものと推察される作品です。男雛は26cm。
古今雛(細谷家蔵)
次郎左衛門雛が江戸の武家社会でもっぱら人気を集めていた明和(1764〜)のころ、池之端の大槌屋の発想によって、日本橋の原舟月に雛の顔の原型を作らせ、売り出したのが古今雛です。古今雛は、写実的な容貌とその美しさから、たちまち大流行となりました。この手の雛が京都でも作られるようになります。本品は京都製の古今雛であり、男雛は44.5cmで独特な優美さがあります。
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